始まりは・・・。
この仕事をするに至った始まりは自分自身の経験からでした。
30年前、母が脳梗塞で倒れ。心肺停止状態で救急搬送され、医師からは脳死宣告を受けました。
しかし、その後、状態は安定し左半身不随となりましたが一旦は一命を取り留めることが出来ました。
ICUから出て一般病棟へ移った時に6人部屋の向かいのベッドにいらしたご婦人はずっと寝たきりでお食事も伏せったままで食べている方でした。
よほど病状が良くないのだと思っておりました。
ある日、母が「頭を洗ってほしい」というので、入院以来伸びっぱなしになっていた髪を少しカットしシャンプーをすることにしました。
その時、母が「お向かいの奥様もシャンプーして差し上げたら?」というので、「よろしかったら、シャンプーしましょうか?」とお聞きしたら「いいえ、結構です!」とのお返事が返ってきました。
母はどなたかからお向かいの奥様はリハビリをすればお元気になると聞いていたらしく、余計なお世話ながらお声かけをしたのでしたが、まさに『余計なお世話』だったようです。
その後、3日に一度は母のシャンプーをしていたところ、ある日、お向かいの奥様から「お姉さん、私もシャンプーしていただける?」とのお声がかかりました。
「ハイ、勿論いいですよ。」と早々に準備を始めたら、髪は随分伸びており一つに結わえていても随分な長さでした。
「よろしかったら少しカットしましょうか?」
「あら、お願いできる?」
「勿論です。どのくらいカットしましょうか?」
「そうね。肩に少しかかるくらいでいいわ。元気になったら着物を着るので髪を結えなくちゃならないのでね。」
「ハイ、承知いたしました。」と、病室内は出張美容室となりました。
髪をカットして、シャンプー・ブローをしてスッキリとしたところで、
「気分転換ついでに少し口紅でもつけてみませんか?」
「そうね・・。リップクリームくらいなら・・・。」
急ぎ売店から色付きのリップクリームを買ってきて塗って差し上げたところ、お元気そうな雰囲気が出てご本人も満足げな様子でした。
お向かいの奥様は母と同じ脳梗塞でしたが、病気になったことで気落ちしてリハビリの意欲も湧かなく、ベッドに来てくれる理学療法士さんにも不満ばかりを言って寝たきりの状態になっていたようです。
しかし、その後はいつも起こすことのなかったベッドも時折起こしてベッド上に座っていらっしゃる姿や理学療法室へリハビリに行く姿も見かけるようになりました。
この時、私は思いました。お向かいの奥様は病気で身体が不自由になり、身なりを整えるという基本的なことが出来なくなったことで様々な意欲を失っていたのでしょう。
その後、母は亡くなり私の日常は戻りましたが、この時の経験から元気な人達のための美容師は街にたくさんいますが、病気で外に出られなくなったり、変わってしまった自分の容姿を受け入れられずに悩んでいる人達のための美容師はそう簡単に見つかりません。
ならば、自分がそうなれるように勉強しようと思ったのが始まりでした。